お久しぶりです!!
ブログがしばらく凍結してしまっていたので、割と日常的な話を書きます。
実はというもの、10月11日に直江津ランに出場した翌週の土日に自転車で横浜へ1泊2日へ行ったのですが、直江津ランの疲労からアキレス腱を痛めてしまいました。
アキレス腱の痛み自体は3日ほどで引き、何週間か後にはすっかり自転車に乗れるようになったのですが、11月からはプレゼンテーションや中間テストが続き全然乗る暇がなく…。
そのまま日付は過ぎてゆき、連日のように10時〜23時まで飲食店でバイトという、バイト詰めの冬休みが始まってしまいました。
なんだかんだ11月に2〜3回都内を50キロくらい軽く走ったお散歩ランと、年末年始の郵便・年賀状配達のバイトと、郵便配達のバイト先へのチャリ通(往復25キロくらい)と、友達の家などへの移動目的に乗る軽いランしか自転車に乗っていません。
完全な運動不足ですね。
その分10月ごろから飲食店バイトのシフトを増やしていたため、12万円を投資して新しいパソコンを組んでモニタを購入しても、春の自転車旅行にかかる資金12万円+10万円くらい確保できました。
現在は冬休みこそ終わったものの、学年末テスト期間に突入して再び自転車に満足に乗れず。
今回のテスト期間は履修の都合上テスト同士の間隔があいているため、勉強しなければいけないのにそれほど切羽詰まっているわけではない… という非常に退屈なテスト期間。
そろそろ気晴らしに山でも走りにいきたいんですが、秩父のほうは積雪がひどく、すっかり峠ランはオフシーズンになってしまいました。表ヤビツとかは凍結してなさそうだから、近々登ってこようかな。
どうしても1日にまとまった時間がないと、片道60キロ以上あるヤビツ峠や、片道35キロある和田峠に出向く気が起こらない。
去年はたとえ13時から授業があっても、朝4時に出発して和田峠・大垂水峠を登って11時くらいに帰ってきてたのに…。
今はイマイチやる気が起こらない。体力の衰えを感じる…笑
結局ぐだぐだ家で本を読んだりパソコンをしたりという生活に。なんだかんだ楽しんでいますが、それでもやっぱり、たまにはヘトヘトになるまで自転車に乗りたいなあ。
下の3枚の写真は最近 bb_lean (ブラックボックス系の互換シェル) のスタイルや WinXP の Visual Style を使ったりして、ちょっとパソコンを MAC の Leopard 風にしてみたもの。
なかなか使いやすく、何より動作が爆速です。やっぱり EXPLORER.EXE は重たいですね。



[ 自転車旅 ] 10/01/30 (土) 15:13 この記事のアドレス
直江津ラン
直江津ランが終わった。(直江津ラン=新潟県の直江津から東京の早稲田大学までの300キロを一日で走るラン企画)
土曜日に各駅停車で7時間以上かけて永遠と新潟県の直江津を目指し、日本海沿いの公園で野宿。夜から雨が降り始め、テントに吹き付ける雨音がうるさくてなかなか寝付けず。
日曜日、朝3時起床。即効シュラフや銀マットを畳み、コンビニで買っておいた朝食を食べ、レーサージャージに着替える。病み上がりだったので体調も悪く、頭が痛い。雨もやんだばかりで路面は完全ウェットだ。
荷物をまとめてサポートカーに預け、直江津ランの出走者10人ちょいが国道18号の起点に集合した。朝4時、真っ暗闇の中 「スタート!」
村上さんがガンガン飛ばす。標高800くらいの妙高高原向かってしばらくは永遠と登りだが、躊躇なく30キロ以上出している。それにシグマさん、駒井さん、大塚、ゴウタ、最後に俺が食らいつく。
が、わずか30秒くらいでせきが止まらなくなり、明らかに無茶なペースに過呼吸のようになり呼吸ができなくなる。そしてあっという間に先頭集団から千切れるww スタート後わずか数分で彼方へ登ってゆくテールライトを見送り、夜明け前、真っ暗闇の一人旅に… 精神力を根こそぎ持っていかれた (T^T)
完全にやる気が失せて峠を時速15キロくらいでダラダラ登っていると、服部、フクチ、えっちゃん、高血圧、そしてママチャリの進士さんらの最後尾の集団に吸収される。ところが、頭は痛いしせきは止まらないし絶不調。その追走集団のペースすらつらく、一番後ろについてえっちゃんに引っ張ってもらう。早くも上田リタイヤを真剣に考え始めるww
妙高を登りきり、妙高高原へ。気温6度。タイヤが跳ね上げた水で靴がビショビショで、足のくるぶしから下がキンキンに冷え、気味が悪いことに鋭い痛み以外の感覚がまったくない。生きた心地がしない寒さの中でのダウンヒル。高血圧とずっと、上田・軽井沢・高崎のどこでリタイヤするかの相談をしながら走るww
いつの間にか服部とえっちゃんが千切れていたが、午前9時ごろに上田へ。高血圧、フクチ、進士さんと先頭を回しながら、26〜30キロくらいの無理のないペースで進む。寒さのせいだろうか?時々、右のフトモモの内側が吊る。吊った瞬間に右脚がまったく動かなくなるし、無理に回すと叫びたくなるほど痛い。が、少しだけ休むとウソのように治るため、「脚が吊って千切られる→1分ほど休む→治る→追いかけて合流」の繰り返し。つらい…。
出身地の上田を過ぎる。北にそびえる浅間山、菅平、そして南に連なる2000m級の南アルプスがとても懐かしい。ところが、小諸でママチャリの進士さんが千切れる。妙高を下ってからここまで、少しずつだがずっと登っていたので速度が出にくいし、あの重さの自転車では仕方がない。むしろママチャリでここまで30キロくらいで走り続けてきた進士さんは化け物だ…。
小諸から標高1000m以上ある軽井沢までは、斜度もかなりあるまともなヒルクライムだった。乗用車がエンジンをうならせながら横を通過してゆく。その険しい登りの途中で高血圧がハンガーノックになった。
一方、何故か俺はこのころ体調が一気に良くなり(気温が上がったからか?)、永遠にガンガン踏める気がしたので高血圧を置いてゆく。しばらくしてフクチを千切ったが、軽井沢を目前にして右のフトモモと左のふくらはぎが同時につり、痛くてペダルを回すこともできず、さらにビンディングを外すこともできなくなり道路脇で立ちゴケ。最低すぎるww
そんなことをしてる間にフクチに追いつかれる。ちなみに、フクチはフラットハンドルのクロスバイクである。恐ろしく速いし、すごい体力だ…。吊ったばかりの両足がズキズキと痛いが、フクチと先頭交代をしながら軽井沢を通過。
入山峠(中山道の碓井峠に並行した、碓井バイパスの峠。昔はこの入山峠が碓井峠と呼ばれていたそうだ)の登りに差し掛かったとき、フクチが遅れを取り始めた。そして、ふと気付くとかなり後ろにいた。チャンスは今しかない!と思い、全力を振り絞ってスプリント。入山峠を越え、そのまま標高1000mからの下り坂へ突っ込む。
車が前に一台もいなかったので、50キロ前後を保ったまま九十九折のワインディングロードを落下してゆく。180度近い急カーブを一気に曲がれば、45度くらい傾いた前後輪が「ゴーーッ」という凄まじい摩擦音を立てる。と同時に、体が遠心力で自転車にガッチリと張り付き、高い山々と下界の小さな街並みの壮大なパノラマが目の前を180度まわる。美しいけれど恐ろしい景色だが、路面はとてもきれいで車もいないため特に危険な感覚はない。
碓井を下り終えて横川からは奇跡の追い風。何度も吊った脚もすっかりよくなり、病み上がりの体調の悪さもどこかへ吹っ飛び、時速40キロを保ったまま猛進する。高崎から国道17号に入るがこちらも交通量が少なく、大変走りやすかった。あっという間に熊谷、大宮と通過し、戸田橋を渡る。いよいよ東京都だ。そういえば、軽井沢を12時に出たが、3時間後の15時には既に軽井沢から120キロも進んでいた。とんでもないペースだ。
そのまま山手通に入る。目白通りとの交差点が近づいたころ、ずっと30分差くらいで前を走っていたゴウタ・大塚を発見。しかも横には警察車両と救急車…。バイクがわき道から飛び出してきて、それを慌てて避けた大塚が工事現場の金属フェンスに突っ込んだらしい。目の周りを切って出血が止まらなく救急車を呼んだとのこと。事情を聞いて愕然とした。
どこの誰だか知らないけど、バイクの野郎は本当にクズ。ゴウタが一緒に走っていた唯一の目撃者のため、警察の現場検証に立ち会っていた。俺も30分くらいそこで事情を聞き、救急車に乗って病院へ行った大塚を見送ったが、事故を見ていない俺は特に何もできないため、とりあえず事情聴取はゴウタに任せて今年の直江津ランを完走することにした。
直後、後ろからシグマさんが来た。ずっと前にいると思ったが、パンク修理をしている間に追い抜いていたらしい。早稲田までの数キロを、シグマさんと一緒に走る。
17時21分に早稲田大学の大隈講堂に到着。シグマさんと同着の3位、 13時間21分でのゴールだった。
たくさんのサークルの先輩方や同期の仲間に見送られて嬉しいゴールだったが、心の片隅でずっと大塚が心配で心配でならなかった。ゴウタ・大塚・俺の3人で完走しよう!といっていただけに、ゴウタと大塚を残しての完走は申し訳なかったし、何よりも残念だ。事故は誰にでも起こりうるものなのだけど、一緒に完走できなかったことが悲しかった。大塚が一刻も早く怪我から回復することを祈るばかりだ。
その事故がなければ、大塚・ゴウタは12時間30分くらいでゴールして3位、俺は12時間50分くらいで4位といった具合だった。
**2009年 直江津ラン**
新潟県 直江津(4時.am) → 妙高 → 長野 → 上田 → 小諸 → 軽井沢 → 高崎 → 熊谷 → 大宮 → 戸田 → 豊島区 → 早稲田(17時21分.pm)
総合順位:3位
走行距離:304キロ
走行時間:13時間21分
[ 自転車旅 ] 09/10/12 (月) 20:04 この記事のアドレス
ヤビツ峠タイムトライアル

土曜日は17時〜クローズまでバイト。23時30ごろ終わり、家に帰り日曜日の2時就寝。6時起床。タイトタイト。はるばる秦野駅へ。
大塚・ゴウタ・えっちゃん・長谷川・ぷくち・栗ちゃん・服部 と合流し、ヤビツ峠タイムトライアルがスタート! 距離は11.8km、標高差は600mくらいのヒルクライムです。
よーい
すたーとw
大塚がひたすら引く。前半の斜度がキツい部分を、大塚がとにかく引っ張る。その後ろをピッタリとゴウタがマークし、遅れないように俺も食らいつく。
10mほど後ろからぷくち・服部が追撃。じわじわと差が開いたり、時々縮まったりしながら、道のど真ん中にある謎の鳥居を通過。この区間の斜度が一番きつい。
例の如く大塚・俺・ゴウタでローテーション開始。ゴウタに先頭をバトンタッチ。ペースをあげる。次は俺。後ろで蓄えた力 (風の抵抗とかではなく、精神力 笑) を使いながらグイグイ引く。
気付いたらぷくち・服部との距離が開いていた。それでも15mくらいを維持したままついてくるプクチ、さらに後ろへ行ってしまいそろそろ見失いそうな服部。
もう何分かすると、先頭のゴウタ・大塚・俺でちぎり合いに。今日は何故か俺がめちゃくちゃ調子が良かったので、ダンシングをしまくりながらガンガン踏む。いつしか斜度が緩く、速度を出しやすい中盤へと差し掛かった。
ふと後ろを見るとゴウタ・プクチがいなく、大塚が10mくらい後方にいるだけだった。まさかの1位。しかも、大塚とは10mも差がある。登りでの10mはかなりの差であり、縮めるにはかなりもがかなければならない。
今日は不思議なほど調子が良いのでさらに飛ばす。大塚との差がじわじわ広がる。ところが、大塚がカーブ2個分くらい後ろへ行き、ほとんど見えなくなった頃になって一気にガクンとペースが落ちる。後ろから追われるプレッシャーから解放され、心の弱い面が姿を現した。
が、そこで甘えていては良いタイムは望めない。気合いを入れ直してさらにダンシング。だが全然踏めない。とにかく息が苦しくて、体中が酸素不足に悲鳴を上げている。もうムリ。しばらくペースを落として、大塚に吸収されるのを待つことにした。心拍数がすっかり戻るまで、時速13キロくらいでまったりと登った。
ところが、大塚もかなり疲れているようで思惑どおりに合流できず。このままではズルズルと行けばタイムが落ちてしまうので再び攻める。すると前方に、綺麗にカーブ1個につき一人くらいずつの割合でロード乗りが分散して登っている。5人いたので全員追いぬくことにする。
その5人を追い抜いた。・・・ところが、そのうち4人がペースを上げて猛追撃してきた汗 なんだよ〜さっきまでゆっくり登ってたくせに! 俺より早く出発したくせに! と心の中で叫ぶ。
4人のロード乗りに追いまわされるのは凄いプレッシャー。いくら俺が後から来て抜いたとはいえ、一度抜いた以上、再び抜かれるわけにはいかない。ダンシングでペースをガンガン上げ、振り落としにかかる。一人、二人、と後ろで脱落していくのを確認しながら、ひとまず身体の限界まで攻めてみることにする。
ところが一人、何度アタックをかけても全く振り落とせない人がいた。白いジャージを着た30歳くらい、細身でベテラン風な雰囲気の男性だ。後ろを見ても常にシッティング、涼しい顔で登っている。いつの間にか真後ろに入られていた。速い!! 俺はこんなにつらいのに、彼はかなり体力に余裕を持って走っている。
何分か追われるうちに今度は俺が失速。「お先にどうぞ!」と声をかける。スイスイと追い抜いて行くかと思いきや、なんとその人が親しげに話しかけてきた。
「タイム測ってるんですか?」
「はい、」
「今何分くらい?」
「28分です」
「お、僕も30分なんですよ。一緒に40分以内あたり目指しますか!?」
なんという嬉しいお誘い。ちょうど展望台を過ぎて少し行った場所だったので、追い込みまくれば40分切りも夢じゃない…。相当苦しかったが誘いに乗った。先頭を引いてもらった。
ところが彼、ひとたび前に出ると半端なく速い。ダンシングでグイグイと、なんと速度は時速20キロを保っている。この勾配でこの速度…。 死に物狂いで追いかけた。あまりにも速いのでギアを重くしていくうち、いつの間にかアウターギアになった。
しばらくすると彼が少し失速。俺はすでに息すらまともに吸えず、心臓の鼓動が頭の中にこだまして倒れそうだったが… せっかく引いてもらったので先頭交代。本当に死ぬ気で、今まで通り時速20キロを保つ。ひたすら踏む。もう100m先に頂上があるような気持ちで、とにかく踏み続けた。思えばこの人と会ってからずっとアウターギアだ。
途中で脚が攣るかと思いきや、案外その速度のまま最後の2キロを走りぬけてしまった。頂上がすぐ目の前に見える。ふと後ろを見ると、彼は10mくらい後ろにいた。
50mほど先のゴール目指して最後のスプリント。下ハンを持って、車体を左右に振りまわしながらガシガシとペダルを踏みつける。フォームはめちゃくちゃw もう何でもいい。とにかく30キロ出す。
ゴール。看板の真横を通過したとき、サイコンに 『39分50秒』 の文字。初の40分切りに、思わずおっしゃ!!と叫びそうになった。が、同じく峠を登りにきた自転車乗りが頂上に10人くらいいたので心の中で。最高にうれしい。脳内麻薬でまくり。
20秒くらい遅れて、先ほどの白いジャージの方が到着。その人は40分ちょいだった。「僕も次は40分きりますよ〜」 なんていいながら、そのまま裏ヤビツへ降りて行ってしまった。頂上でほとんど休まず、そのまま自走して帰るらしい。本当に恐ろしい走力だ…!!
途中で抜いたロード乗り4人がゴールし、その後にすぐ大塚が到着。次にゴウタ、そのすぐ後ろに僅差でプクチがゴール。少し遅れて服部、さらに20分ほど遅れてえっちゃん、その数分後に栗ちゃん。一番最後に長谷川が到着。
[順位] 俺・大塚・ゴウタ・ぷくち・服部・えっちゃん・栗ちゃん・長谷川
服部・プクチは来た道を折り返して秦野へ、それ以外は裏ヤビツに下り、町田へ行くゴウタと途中で別れ、R413を通りつつ橋本へ。栗ちゃん・長谷川・大塚が輪行するためそこで解散。
えっちゃん・俺で町田街道で帰り自走。俺はすぐに多摩ニュータウン通りを左折、鎌倉街道→府中街道→東八道路→環八→荻窪と帰宅する。えっちゃんはそのまま世田谷通りに入り、目黒まで帰るらしい。
本当にお疲れ様!キツかったけど、思い出に残るヒルクライムでした。自己ベスト更新は本当にうれしい。弱かった過去の自分の一面を克服したみたいで。一段階、きっとどこかが強くなったんだなって思う。
その後は夕飯を食べ、シャワーを浴び、今度は私服でクロスバイクに乗り換えてすぐに仙川へ。小学校〜高校2年までは仙川に住んでいたので、中学の友達2人と合流しつつ久々に地元のお祭りへ顔を出した。仙川〜千歳烏山〜成城学園前の三角形のエリアは、長く暮らした地域なので何もかも懐かしい。
中学頃の同級生のプージは大学で整体の勉強を、ハルは相模原で屋根の防水工の職人として働いている。
・ヤビツ峠タイムトライアル2009
順位:1位
記録:39分50秒
[ 自転車旅 ] 09/10/05 (月) 01:23 この記事のアドレス
帰宅!!



写真1: 深川のヒマワリ畑。札幌〜稚内はこのメンバーで走りました。
写真2: 愛車と俺。しわさん撮影。日焼けヤバイww
写真3: 日本最北端の地 「宗谷岬」 ここから先はロシアデス。
&
合宿が終わってから襟裳岬経由で苫小牧まで走り、一昨日の昼過ぎに苫小牧港に着きマシタ。そして、昨日の午前1時発のフェリーに乗り、茨城の大洗港についたのは昨日の夜7時。そのまま夜通し120キロ以上のナイトランをして、今朝6時に自宅に着きました!!
家までさらに30キロ以上あるゴウタと俺の家で仮眠し、昼過ぎに俺のバイト先へ飯を食べに行きました。
お土産を持って久々のバイト先へ。しかも、客として…。すごい違和感wwなんだこれww とりあえず、長い長い旅行の打ち上げもかねてゴウタと奮発しまくり。贅沢に注文。無料なのでご飯はもちろんおかわり。美味すぎる…いままで週に何度もマカナイで食べていたので、懐かしくて懐かしくて仕方ない。バイトの人達に暖かく出迎えられて、さらに肉もご飯も美味しすぎて涙が出そうになった。
こうして8月2日〜30日マデの夏の旅2009が終わりました。総距離2745km、パンク0回、メカトラ0回、交通事故0回!! 大自然の優しさ、暖かさ、厳しさ、過酷さの全てを体中で受け止め、最高の仲間と共に、眩しく輝く素晴らしい夏を過ごしました。今回の旅行は9割以上野宿だったなぁ。距離もかなり走ったし、結構シンドかった。にも関わらず、大自然の不思議なエネルギーを隅々まで吸い取り身体は健康そのものです。
日記やブログにコメントくれた方々、どうもありがとうございました。
[ 自転車旅 ] 09/08/30 (日) 17:28 この記事のアドレス
苫小牧
お知らせ
あまりにもスパムコメントが多いので、コメントを投稿禁止にしまいた。今までコメントを残してくださった皆様、本当にありがとうございました。時間がなく返信ができなかったものもありますが、全て読んでいます!!
当ブログの記事に対するコメントは、今後はホームページの掲示板のほうへよろしくお願いします。ホームページ「【外部リンク】」
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いま、苫小牧で深夜1時発のフェリー待ちです。茨城の大洗港まで行きます。到着次第、千葉のおばあちゃんちまで走って一泊し、翌日に東京まで走って帰ろうかと思ってます。
2009年、夏の自転車旅は既に98%くらい達成済み。すばらしい毎日だったけど、長くてもあと3日で終わってしまいます。寂しいです。
8月2日の出発だった。東京から青森までゴウタ、大塚、WCCのムラと数日単位で一緒に走り、札幌から日本最北端の町「稚内」までMちゃん、大塚、俺、さささ、しわさんで走った。毎日快晴だった。目に映る景色のすべてが輝いていた。
稚内では7人の一年生と合流し、大塚が企画した「宗谷岬プレ」に参加した。
日本最北端の地「宗谷岬」へ行った。ここより北に日本の領土はない。「最果て」の言葉がピッタリな、冷たく寒い海だった。驚くことに、30度を超える真夏日が続く旭川をよそに、稚内の最高気温は連日20度行くか行かないかであった。夏が永遠に来ない街。ロシアを肌で感じた。
再び稚内市内に戻り、礼文島へのフェリーに乗る。海抜0mから高山植物が咲き乱れる礼文島をサイクリングし、中央にそびえ立つ礼文岳に登る。景色はややガスっていたが、皆が稚内の過酷な大自然に溶け込んだ。心地よい疲労だ。
そして、夜は礼文島で花火大会を見た。人がほとんどいなく、打ち上げ場所のすぐ目の前で夕飯を食べながら花火を見た。花火は小振りだったけど、ズドンズドンと体に響く爆発音は凄かった。
稚内に戻った後は、合宿の集合地「深川」(旭川付近)を目指して後はひたすら南下する。
広大な大地をランダムに削りだしたようなサロベツ原野を、掻き分けるように自転車で突っ切る。地肌がむき出しの山、草に覆われた丘、深い青色の沼地、そして一面には大小さまざまな雑草が生えている。人間が定住できるとは思えない、非常に荒々しい景色だ。
留萌の黄金岬で海に入った。誰ともなく飛び込み、結局全員が飛び込んだ。水着なんて誰も持ってない。でも、誰もそんなことは気にしない。この日はすぐ近くにキャンプ場があったので、夕日が水平線に沈むまで海で遊んだ。天気が良かったので気持ちよかった。
ついに深川に着いた。長い長い道のりだった。宗谷岬プレに参加してくれた一年生は急成長し、とにかく頼もしくなった。最初は危ない運転ばかりするので怖かったし、一日中ピリピリしていたけれど、一年生は日付が変わる度にすごいペースで成長した。4日目くらいからは、本当に安心して走れるようになった。集団にも関わらずこれほどまでに走りやすいと感じたのは、春の四国88ヶ所巡り以来かもしれない。
たくさんのものを吸収した一年生以上に、責任を背負って人に教えるという経験を通じて自分自身が成長できたと思う。安全に7日間のプレ合宿を終え、内容ともに充実した時間を全員で共有できたことが誇りに思える。企画者の大塚も、参加者の皆もお疲れ様でした。
8月19日から、深川〜旭川〜富良野〜帯広をキャンプしながら走るワンダーサイクリング同好会の夏合宿が始まった。自転車、電車、飛行機、フェリーなど様々な交通手段を利用して、50人の部員が深川に集まった。
ところが、夏合宿が始まってからは連日のように雨だった。7日間の間、雨が振らなかった日は1日だけ。逆に、夏合宿までで雨が降ったのは1日だけ。天候とは非常に気まぐれで、なかなか曲者である。
毎日のように自転車で走り、夜は野宿する生活において、人間は信じられないほど天候の影響を受ける。気温が下がれば寒く感じるのと同じように、人間の精神状態は天候に応じて変化する。誰だって毎日晴れてほしいし、寒すぎるのも暑すぎるのも好ましくない。雨が続けば、徐々に気分は落ち込んでゆく。
ところがいつしか、環境の変化に一喜一憂しなくなる日が来る。雨の日は自然と非活動的になり、晴れた日は気持ちがとにかく明るくなる。その変化を当たり前だと知り、ありのままで良いと気づく日が来る。そして、刻々と表情を変える大自然を前に、無理に精神状態を一定に保つことの無意味さを知る。天候に恵まれないからつらいのではなく、流れに逆らうからつらいのである。
合宿中、急な登り坂が見えたり下り坂が見えたり、雨が降ったり止んだりするたびに一喜一憂する一年生を見て、「自分にもそんな時期があったなぁ」と懐かしく思った。既に80日ぐらいになる野宿生活で自分が得た教訓は、決して大きな流れには逆らわず、その日その場でできることを地道に続けてゆくことの大事さであったと思う。
向かい風の日は、無理のないペースで走ればよい。そのうち追い風が吹けば簡単に取り戻せるから。長い峠道は、体に負担を残さないように少しずつ登ればよい。登りが遅いぶん下りは速いから。雨の日で気分が落ち込んでも、そのまま過ごせば良い。雨雲が切れれば自然と心も晴れるから。
夏合宿は26日に終わり、3年生が引退した。つらかった。思えば自分は今まで色々と不平不満を言ってきたし、かなり自己中心的に振舞ってきた。けれど「色々な意見がサークル運営には必要」として、全員の意見を聞いてくださった先輩は本当に凄い方々ばかりだった。
今日から自分達が幹事学年になるけれど、今の自分にそれだけの器量が備わっているとはとても思えない。後輩に文句を言われれば腹が立つし、不満を言われればきっと言い返したくなるだろう。幹事学年として、決して手を抜かず、できる限りのことをしていこうと心に誓った。ひどく酔っていたけれど。
合宿が終わった後は、黄子、ゴウタ、さささと帯広〜襟裳岬〜苫小牧の300キロ位を3日かけて走った。夏合宿同様、毎日のように雨が続いたけれど、夜は自炊をしながら好調に進んだ。
そして走り終えた今は苫小牧の街にいる。綺麗な街だ。明日の朝1時に苫小牧港を出るフェリーに乗るため、今は満喫で時間を潰しています。茨城県の大洗港に着いたら、とりあえず60キロくらい先の柏のおばあちゃんちまで走ろうと思う。そこで一泊して、翌日に東京の自宅まで50キロくらい走る。
やっぱり輪行はめんどくさいから。
余談だけど、合宿最終日に輪行のコツを色々と教えてくれたのっぽさん、どうもありがとう。練習します。
[ 自転車旅 ] 09/08/28 (金) 17:13 この記事のアドレス
ポストキャンプ
合宿の最終日の打ち上げが終わり、昨日からゴウタ・さささ・長谷川と共にポストキャンプをスタート!
南下して海沿いに出て、襟裳岬を経由して苫小牧を目指します。
札幌〜稚内〜留萌〜深川〜富良野〜帯広〜襟裳〜苫小牧と、今回は道央を八の字に一周ですね。
8月2日に東京を出発し、既に2400キロくらい走ってます。もはや俺の家ってどんな感じだっけ?? といった具合。
昨夜は襟裳岬の手前の道駅でゲリキャン。結局、夜自炊は炊き込みご飯に味噌汁という無難路線にwww
それにしても、ワンダー(自転車サークル)って本当に意味がわからないほど楽しいよね。
楽しすぎるから、何もかもがあっという間に過ぎてしまう。本当に43代の先輩がもう引退とか早すぎる(T^T)
東京に帰っても皆でたくさん走ろう!
[ 自転車旅 ] 09/08/27 (木) 13:18 この記事のアドレス
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